『問いを問う ――哲学入門講義 (ちくま新書 1751)』
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ISBN:4480075739
自分ひとりで、深く、粘り強く――
哲学的に考えるための教科書
哲学とは、昔の人の考えや言葉を知って、理解することではない。哲学上の根本問題に自ら立ち向かうことでしか、哲学はできないのだ。「私たちの心を超えた世界を知ることはできるか?」「他者の心を知ることはできるか?」「心と脳の関係はどのようなものか?」「死んだら無になるのか?」――本書では、この四つの問題を素材に、哲学の核心へと一気にいざなう。問いの意味そのものを問いなおすこと。相対立する議論のやり取りを、自分ひとりで視点を転換させながら行うこと。深く、粘り強く、哲学的に考えるやり方を追体験できる教科書。
「ふつうの勉強では、分からなかったことが分かるようになる。しかし哲学では、分かっていると思ったことが実は分かっていない、ということが分かるようになる。ふつうの勉強では、分かるようになっていくことが目指される。しかし哲学では、いっそう深く分からなくなっていく方へと向かって引きずり込まれていく」(本文より)
【目次】
はじめに
第1章 哲学の問いへの序走
初めての科目としての哲学/他の科目との比較(1)――倫理の場合/他の科目との比較(2)――数学の場合/他の科目との比較(3)――国語の場合
第2章 どのようにして私たちは何かを知るのか?
ふつうの問いから哲学の問いへ/問うための基本の枠組み(1)/問うための基本の枠組み(2)/出発点としての「確実な存在」/答えの試みとその失敗/「現在地点」の確認/隙間は埋められるか?/問いの意味――懐疑論/夢の懐疑/五分前世界創造説/懐疑論と独我論の違い/検証主義による懐疑論批判/懐疑論からの反論/その先の攻防/懐疑論と検証主義を俯瞰する/知と信、そして自然的態度
第3章 どのようにして私たちは他者の心を知るのか?
第2章と第3章の関係/存在自体と在り方の区別/問うための基本の枠組み/味覚の事例/色覚の事例/物理的相関説による反論/ふるまい説による反論/懐疑論の過激化/ロボットの懐疑/心の表層・中層・深層/運動としてのクオリア/コギトと他性/知と信/懐疑論の方向転換/ヒエラルキーとアニミズム/全体と部分/逆向きのロボットの懐疑/残る問題、増える問題――コギトとクオリアの関係とは?
第4章 心と脳の関係とはどのような問題か?
二つの懐疑論からの離脱/MとBの関係とは因果関係のことか?/哲学の問題へ――二つの選択肢/二元論を支持する論拠――二種類の内部/純粋に心的な魂/二元論批判/物理主義/二元論からの反論/魂の「一」性/物理主義側からもう一言/第三の見解――機能主義/二元論vs機能主義/第四の見解――二重様相説/アナロジーとしての反転図形/二重様相説と機能主義の関係/五つの見解を俯瞰する――認識論・存在論・意味論の観点から
第5章 死んだら無になるのか、それとも何かが残るのか?
最初の場合分け/死後の無は考えることができるか?/二元論vs物理主義との関係/「である」と「になる」、あるいは時間の問題/証拠の問題と三つの選択肢/死に対する価値論的な問題/死後の無に対する態度/反実仮想と人称の複層/端的な無の恐怖/未生の無と死後の無
付 録 国語入試問題と哲学の交錯
Ⅰ 全体的なコメント/Ⅱ 私の解答例と設問へのコメント/Ⅲ 東北大学の「出題意図と講評」/Ⅳ 誤読についてのコメント/地平線という比喩についての追補
注
あとがき